太平洋戦争で多くの日本人の命が奪われた理由がわかった気がする

どうやら菅義偉が訪問したハノイでは
すでに“マスクブーム”が終わったらしい。

マスコミに踊らされる日本人。
最早、マスコミや政府が信用するに値しない存在であると分かっているのに
全く根拠のないマスク着用率が下がっていません。

在日イルミナティの創価学会による、
でっち上げコロナ・パンデミック。

そのイカサマに気付いた人も他人の目を気にして、
マスクをしてしまう悲しさ。

それは戦前と全く同じで、
天皇を神として崇めるようにマスコミに洗脳された結果、
数百万人が命を落とすことになりました。

今回の茶番劇は単純にマスクだけの問題ではなく、
「マスコミに洗脳される」という
75年前の悲劇が再現されているのです。

イルミナティは人間の弱さを知り尽くしています。

Instagramにとても感動した投稿がされていたので転載させて頂きます。

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東京に出て来て間もない頃は、都庁がそびえ立って見えましたが、最近はとても小さく見えます。

先週は2日続けて「マスクをしろ」と他人から言われました。

1日目は朝の電車。
隣に座って来たおばはんが、「マスクをしなさいよ。」と、ぶつくさ文句を言って来たので説明開始。
「これ見て下さい。」とスマホの画面を見せる。しかし、「(画面が小さくて)見えないから」と言い、人の話を全く聞こうとしない。
なので、兎に角質問責めしました。

「コロナの何が怖いんですか?」
「沢山の人が死んでるし、私も医療従事者で大変なの」
「でもコロナで亡くなってる人は1日に1人いるかいないかでよね。去年の1月のインフルの1日の平均死者数ご存知ですか?」
「知らない。」
「1日平均54人です。」
「あぁ、インフルの方が怖いわね。」←めっちゃちっさい声

「感染率も死亡者数もインフルの方が上です。去年、マスクやアルコール消毒をし、それを他人に強要しましたか?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥。」

「あと、PCR検査機器はコロナを特定するものではありません。ウイルスの遺伝子配列を調べる機器です。」
「あぁ、そうなの。」←めっちゃちっさい声
「医療従事者なのに知らないんですか?」
「‥‥‥‥。」
「タンザニアの大統領が調べた結果、ヤギや果物でも陽性反応が出たそうです。これを聞いてどう思われますか?」
「‥‥‥もう分かりましたから、はい。」

「私は自分でネットで調べ、内閣府や厚労省のHPも見、凡ゆる情報を得た上でマスクをしていません。あなたはテレビで言ってる事をそのまま鵜呑みにしているだけですよね?」
「はい」←もう、聞きたくないって感じ
「テレビは洗脳装置です」
「はい」←早く逃れたいって感じ

「感染率も死亡率もインフル以下で、こんな矛盾だらけのコロナに対し、マスクをしろと命令されるのであれば、私が今言った事を全て論破して下さい。」
そそくさと逃げ去る。

とにかく、私の話を聞こうとしない態度が人間として異常だと思いました。
受け答えも普通じゃない。そっちが先に文句を言ってきたから、こっちはちゃんと説明をしているのに、「はいはい」と受け流して、全く誠実さがない。

普通、知らない情報を得たら、もっと驚いたり、提示した画像もちゃんと見ようとする。その普通じゃない態度から、「こいつも創価か?」と思いました。
医療従事者と言うのも多分嘘でしょう。

2日目は近所のスーパー。
店長(代理の若い社員)から「マスクをしてください。」と言われ、マスクを渡される。

取り敢えず着けて、マスクは意味がないこと、厚労省もマスクに予防効果はないと言っている事などを話す。しかし、それも分かっているが、怖がる客がいるからと。

コロナはただの風邪だと言うことを話しても、風邪でも人にうつって重症化してはいけないからだと。
「じゃあこれから一生マスクし続けるんですか?」と聞くと、「従業員の命を守る為」と答え、思考が噛み合ってない感。

兎に角威圧的で、私がネットから情報を得ていると言うと、馬鹿にしたような態度でした。 しかし、諦めず、畳み掛けるように情報を提示。すると、知らない情報ばかりだったようで、だんだんと柔和に。

特にキャリー?マリス博士が亡くなった話は一番食いついて来ました。(「どんな人も事件や事故には興味がある」という御言葉を思い出します。)

スマホで画像を見せながら話すと、「本当にちゃんと調べてるんですね。」と。 (当たり前やろ!と心の中で思いました。)

最後に、「店の人として、会社に従うのは当然ではありますが、あなた個人としては、今一度コロナの矛盾点などについて考えてみて欲しい。」と言って帰りました。

「コロナは嘘」までは信じなかったと思いますが、「ネットの情報はデマ」という偏見はとれたかなと思います。
(この店長の反応から振り返ってみると、やはり電車のおばはんは創価信者が濃厚。)

最終的には良い方向に持って行けましたが、店長の最初の威圧的で人の話をちゃんと聞こうとしない態度に、私は「罪だ」とハッキリと認識しました。
他人と接していて、こんなにも明確に「罪だ、私は今、罪と対峙している。」と思ったのは初めてです。

そして家に着いてこう思いました。
「世の人々はもっと裁かれなければならない。」
思った瞬間、「これは高慢か?自分勝手な感情か?」と思い、自分の心を確認しました。
しかし、怒りや憎しみのように、自分の中から沸々と湧き上がってくる感覚は一切なく、思考がストンと落ちて来たような感覚でした。

さらに御言葉を思い出し確認。
確認していく中で、こう思いました。
主の裁きが更に進行する中で、自分もその波にのまれないよう、もっと清くならなければ。そして、裁きの荒波の中、救うべき人を救えるように。

明け方の祈りの中でも確認し、やはりこれは”裁きをなさる神様の心情”を、少し悟れたんだな、という結論に至りました。

そして続けてこう思いました。
これからはもっと、行い(伝道)で悟りを得なければと。
ずっと人類に語り掛けてこられた主の心情を悟る為には、自分が人々に語り掛けないと。
これからは、伝道しないと自分も成長出来ない。そう痛感した1週間でした。

御言葉は実践しなければ自分の血肉になることはありません。
そして聖書に書かれていることは
現代の日本に住む私たちにも十分理解でき、当てはまる内容です。

以下、「マタイによる福音書」10-26から抜粋。

恐るべき者
「人々を恐れてはならない。覆われているもので現されないものはなく、
隠されているもので知られずに済むものはないからである。
わたしが暗闇であなたがたに言うことを、明るみで言いなさい。
耳打ちされたことを、屋根の上で言い広めなさい。
体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。
むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい。」

聖書は「封印された書」なので、
ラプト氏が宣布する現代の御言葉がないと理解することは不可能です。
ご注意ください。