新たなる次元へ昇るための艱難の役割について

艱難は予期しない時にいきなり訪れます。
しかも最近は大小、複合型で襲ってくるので
困惑することもしばしば。

そんな時は肉的に対処するだけで精一杯。

後になってから
「あっ、神様に救いを求めるのを忘れた」ということも…。

事故やケガ(精神的なものも含めて)など
寸前で、あるいは最小限の被害で回避できたとしても、
それは確実に裁かれているので
悔い改めが必要であることがわかります。

“複合型艱難”が、たとえサタンの攻撃であったとしても、
許可されたのは神様なので
その原因は私たち人間にあります。

今までの生活を振り返ってみて悔い改める部分を探し出し、
同じ過ちを繰り返さないようにチェックすることが必要です。

私の場合、わざと目を逸らしている所を
神様に指摘されることが多いと感じます。

特に最近はハードルが上がっており、
以前と同じような生活をしていたら確実に裁かれます。

「見よ、主は速い雲を駆ってエジプトに来られる」(イザヤ書19.1)と
旧約聖書に書かれています。

艱難は「いつまでもその次元に留まっていてはダメだ」という
神様からの催促のメッセージであると理解しています。