スーツと工作員と悔い改め

私は基本、スーツを着た人間を信用しません。
特に営業マンに関しては
「自分の“悪なる考え”を隠すために着てるんじゃないか?」と思われる人に
数多く出会いました。

スーツは「自分は社会的信用のある人間です」という
看板を背負って歩いているようなもの。

偽善です。

政治家を見てもわかるように
スーツを着ている人間の心はどす黒い。

「俺だって、好き好んでこんな暑苦しいものを着ているわけではない」と
反論する人もいるでしょう。

確かにスーツ着用が規則になっている会社も多くあります。
仕方なく着ている人もいるでしょう。
しかし、スーツにはそのような要素があるということです。

さて、今回の御言葉では工作員が炙り出されました。
ラプト氏は
「工作員は表面上だけ良い人を装う偽善者。心の中は悪なる考えが渦巻いている」と仰っていました。

他人を騙す偽善者は排斥されるべき存在です。
しかし私もサタンの世界に首まで浸かって生きてきた人間。
工作員と同じ波長で生活している時もあります。
※とはいえ組織の破壊工作を目的として生活したことは一度もないので、
そういった意味での「工作員心理」はまったく理解できませんが…。

「人に良く思われたい病」が瞬間的に出てくることがあります。

最近は明け方の祈りの波が大きくなっています。
つまり「深く入れる日があれば、まったく祈れない日もある」という体たらく。

肉的な部分を強化すべく、
そこに時間を割いているのも関係していると思われます。
バランスは大切ですね。

もう一度、時間の使い方も含めて
悔い改めたいと考えます。