自分が本物でなければ偽物を見分けることは不可能

粗悪品だらけの日本

私はAmazonで買い物をすることが多いのですが、
粗悪品が多くて辟易しています。

以前は中国製といえば「粗悪品」のイメージでしたが、
最近では日本の製品であっても、
平気でクオリティの低い商品を売っているのでビックリします。

「貧すれば鈍する」とでもいうのでしょうか、
かつては「ものづくり大国」といわれてきた日本は今や見る影もなく、
両班たちによって徹底的に破壊し尽くされて、
輸入に頼るしかないのが現状です。

また、通販では現物を手に取って見ることができないので、
頼りになるのが口コミやレビューです。
しかし、これがまた商品と一緒でヒドイ。

ネット上には
ステマ業者(広告であることを隠している悪質なYouTuberなど)が溢れて、
コメント欄やAmazonのレビューには
雇われた工作員が書き込んでいるのでたちが悪いです。

※Amazonの場合「サクラチェッカー」というサイトがあるので紹介します。
完全ではないにせよ口コミの信憑性がある程度わかります。
あくまでも目安ですが…。

YouTuberにしても平気な顔をして人を騙す行為に
とても憤りを感じます。

粗悪品は形だけは純正品と同じですが、
使われている材質や中身がまるで違う“偽物”です。

人間にも粗悪品(偽善者)がいます。
善を行なっているフリをして、
悪を行なっている人が増えてきました。

東出融のような偽善者は
最初はニコニコして良い人の皮を被って近付いてきます。
そして、十分に信用を得た時点で豹変するのです。

ヤクザのやり口と一緒です。
ヤクザも最初はニコニコして近づいてくるので、
善人と見分けがつきません。
豹変した時にすべてがわかるのです。

自分が粗悪品(偽善者)にならないために

では、どうすれば見分けられるのか?
それは自分が“偽善者でない”状態を保つことです。

人間の体は新陳代謝が行われるために、
死んだ細胞(垢)が外部に放出されます。
そのシステムがないと細胞は劣化の一途を辿ってしまいます。

死んだ細胞は排除しないと垢となって皮膚の上に溜まり、臭いを放ってきます。
ですから私たちは毎日お風呂に入り、
垢を落として清潔にしなければならないのです。

私はかつて新宿に住んでいたことがあります。
現在はわかりませんが、
都庁の地下や新宿中央公園にはホームレスが沢山いました。
彼らは当然お風呂などに入らないので、悪臭が立ち込めています。

そんな彼らが収入源である雑誌を求めて電車に乗ってくることがあるのですが、
その臭いは耐えられたものではなく、
ホームレスが乗り込んできた瞬間に
その電車のコンパートメントには人がいなくなります。

話が逸れました。
で、3月6日の朝会においてラプト氏は
「悪を行なっている人の霊は悪臭を放っており、近づくことができない。
その声や顔写真からもそれがわかる」とおっしゃっていました。

私は「自分は大丈夫」と思いたいところですが、
正直まったく自信がありません。

ホームレスのような肉的な悪臭なら感知できるのですが、
霊的な悪臭は感知するのが難しい。

つまり私は、そのセンサーが鈍っているのだと感じるのです。
鈍っている=悪を行なっている
ということがわかります。

霊的な悪臭を感知できないのは、
確実に「悪を行なっている自分がいる」ということです。

日々の自分の行動や思考を思い返してみて、
朝の祈りの時間に神様に悔い改めること、そして点検が必要なのだと
理解することができました。

肉の悪は目に見えるのでわかりやすいですが、
心の悪はわかりにくい。

自分の心にある悪にも敏感にならなければ、
全能神教会に乗っ取られた教会の信徒のようになってしまうのだと考えます。

問題は小さな悪を見逃す癖がついている自分を認めてしまうこと

心に悪がなければ
自分のテリトリーにヤクザ(工作員)が入ってきた時に
違和感を感じて排除することができます。

しかし悪に対するセンサーが鈍っていると、
ヤクザと同調してしまって分類できなくなるのです。

最初のAmazonの話に戻ると、
本物を知らなければ偽物を見分けることはできません。
従ってレビューなどの嘘を見抜くことができないのです。

つまりは自分が本物でなければ
偽物を見分けることは不可能であるということ。

そのために聖書の基準で生活し、
自分が清くなって、
より神様の視点で万物を見なければならない、ということでしょう。

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