愛するべき対象を間違うと全てが上手くいかない理由

悩みの多くは対人関係

私たちは今まで親のため、子供のため、夫のため、妻のため、
恋人のため、友達のためと思って、
自分を犠牲にしてやりたくもない勉強や仕事に時間を費やし、
どうでもいい飲み会に付き合い、
プレゼントなどをしてお金を使ってきました。

代償として、その人の笑顔だったり、
「ありがとう」といった感謝の言葉を求めます。
たとえ下心がなかったとしても、
見返りを求めるのは自然な感情ではないでしょうか。

しかし、裏切られたり自分が想像したリアクションがない場合、
「私があなたのためにやってあげたのに、何だその態度は?」
というような怒りに変わってしまうのです。
また、怒らなくても
「どうしたら相手が喜ぶのか?」
と泥沼のような悩みに陥ってしまいます。

「可愛さ余って憎さ百倍」といいますが、
悩みをこじらせると最悪の場合は殺意まで湧いてきます。
日本の殺人事件の55%が「親族間殺人」というデータも出ています。

参考 日本の殺人事件の55%が「親族間殺人」という現実──。「親を奴隷化する引きこもり」リアルな現場を知る著者が訴える、親子問題の解決策とは?ダ・ビンチニュース

神様につなげてあげることが、最高の愛情

そう考えると、
愛する人に対してできることなんて、
大してないことに気付きます。

もちろん何かを求められれば、簡単なことならやってあげますし、
無理なことは拒むことしかできません。
そんな時でも「ありがとう」くらいの見返りは求めます。

しかし神様を愛するとわかりますが、
そんな見返りを求めなくても、
すぐに“聖霊”という形で
神様は霊的な祝福を与えてくださいます。

祈れば祈っただけ、実践したら実践しただけ、
霊的な祝福はすぐにもらうことができます。
(最終的には肉的な祝福も用意されているので、私たちの条件が立って、更なる成長をした時にもらえます)

人間と違って、リアクションに間違いがないのです。
もし、聖霊を感じない場合は自分のやり方が間違っているので、
悔い改めて違ったアプローチで実践します。
だから悩むことがないのです。
とてもわかりやすい。

現代社会はサタンによって作られています。
家族愛や人類愛がない人は薄情者として蔑まれます。
できもしない「無償の愛」が尊ばれています。
ボランティアなどといってマスコミはもてはやしていますが、
それは偽善であって情報操作です。

そんなものに騙されてはいけません。
パソナの竹中平蔵を喜ばすだけです。
相手のリアクションが薄かったり、不平等が起きると
憎むことになります。
憎み合いの連鎖、それはサタンが作り上げた神様のいない社会です。

そんなことにならないように
私たちが愛する人々にできることは
「神様に近づけてあげる」以外に方法はないのです。

参考 RAPT有料記事421(2019年11月16日)何を求めるよりも先ず第一に、主に喜ばれる人間になれるように祈り求めなさい。そうすれば、全てのものが豊かに与えられるだろうラプトブログ

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