御言葉をより一層理解するために

もう一度、御言葉を復習してみる

日毎にラプト氏が宣布される御言葉の次元が高くなり、
且つ内容が多岐に渡っているので、
ついていくのが精一杯になりました。

そこで自分なりに図を作りました。
言葉と文章だけだと難しい場合でも、
図表や写真があると理解が深まります。

御言葉も同じように
イメージが掴めやすくなれば、と思っています。
兄弟姉妹たちの一助となれば嬉しいですし、
これを作成することは
自分もより一層の「悟り」が必要だと実感しています。

さて、これは以前の御言葉の復習という感じですが、
私たちは神様に喜んでもらうために毎日を生きているわけです。

具体的にはラプト理論の情報拡散と証、
更には自分の個性才能を開花させるといった、
3つを肉的にやらなければならない。
生活するためには仕事にも行かなければならないので、
盛り沢山の内容です。

時間を遣り繰りし、そのひとつひとつを効率よく行っていかないと、
とてもこなしきれる量ではありません。

「もがき→艱難→祈り」のサイクルで徐々に次元を上げる

では、図の解説です。
私を含め、いま多くの兄弟姉妹がいるのが図の一番下の小さい「もがき、努力」の部分ではないでしょうか。もちろん、もっと上の次元の人もいらっしゃるでしょうが…。

で、御言葉に従って行動していれば当然にように壁にぶち当たります。
それが「艱難」です。
「作曲は自分には向いていないのではないか?」と思ったり、焦りばかりで何も手に付かなかったり、余りにも下手で自分に呆れる…などなど、メンタルを攻められます。
そして肉的にはパソコンやスマホ、車が壊れたり、事故やケガ、病気などで攻撃されます。

しかし、そこで投げ出したり意固地になってやり続けるのではなく、
「神様に祈ることが重要」と、以前ラプト氏はおっしゃっていました。
実際、私もほぼ毎日が行き詰まりの連続なのですが、
明け方の祈りで泥沼から脱出する方法を教えてもらっています。
そんな時は「ああ、神様に見放されていないんだな」という
実感が湧いてきます。

その繰り返しで徐々に自分の主管できる範囲が広くなり、
最初に書いた3つのことも素早くできるようになってきます。

するとまた更なる「艱難」に見舞われます。
でも、自分の「もがき、努力」が大きくなっているので、
キャパシティが広がっており、
ある程度の経験則が補ってくれるので、
「艱難」をやり過ごす能力も自然に身に付いてきます。

このエリアでは肉的には恵みを受けられない(もし受けた人がいたら、それはサタンの誘惑である、とラプト氏はおっしゃっていました)ので、
辛い雌伏の時のような感じもしますが、
実際は神様の愛を受けながら「もがき、努力」しているので
苦痛を感じたりはしません。むしろ充実感だけです。

さて、その段階で満足してはいけない、というのが先日の御言葉でした。
最終的には「神様の基準」をクリアしなければなりません。
それはラプト氏の「条件が揃う」というものだと思います。

肉的にも祝福されないと、持っているもの(それまでの「もがき、努力」)まで失ってしまうので注意が必要です。

音楽、文章、絵、映像、その他の文化芸術。
神様は私たちに個性才能を与えてくださいました。
それぞれの分野を主管して、頭角を現さなければなりません。
そしてファンが付き、神様を証することによって「伝道」できるのです。

神様を喜ばすのは並大抵の努力ではないと思います。
しかし、毎日を目的的にしっかりと生きることによって、
一段ずつ 階段を上っていくしかないのです。

と、まぁ色々と書いてきたわけですが、私は霊肉ともに未熟者です。
今後も兄弟姉妹の方々と一緒に成長できたらと考えております。
では!

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