山での祈りで多くの感動(道しるべ)をもらえたこと

まだまだ手探り状態ですが、
証をこの「種Log.」に記していきたいと考えます。

今年に入ってから、
週に1回の割合で
車で15分ほどの山でお祈りをしています。

標高は400mほどで麓からは徒歩なので、
山登りがなかなか大変です。
周囲にある様々な山を登ってみて、
探すのに1ヶ月ほどかかりました。

その山は珍しく、多くの山頂にある祠がありません。
本当にあの祠は色々な所にあって
陰鬱な雰囲気を醸し出しています。

その山はスマホの電波も届かない。
空気もよく、大きな岩があって
その上に登ると関東平野の広がりが見えます。

汗を拭いながらその岩の上で祈ったり
ラプト氏の御言葉を聞いていたりすると、
とても清々しい気分になります。
御言葉を体全体で吸収できるような気分になるのです。
川田さんが仰る「酸素を吸うだけ健康法」です。

参考 「健康になりたいあなたへ」試す価値あり!超カンタン「酸素」吸うだけ健康法。Kawata no Blog

余談ですが、以前の職場は車で片道40分ほど離れていたので、
行き帰りの車中はラプト氏の御言葉をずっと聞いていました。

しばらくして、その御言葉がシャワーのように感じられ、
それを浴びるような不思議な感覚が生まれました。
「集中して聞いていない」と怒られそうですが、
とても気持ちが良く、
不思議とやる気が湧いてきて、
陰鬱になりがちな通勤の時間帯を快適に
過ごすことができたのです。

さて、山での祈りに戻ります。
登りは辛く苦しいので
「どうか足腰が強靱になって、こんな山道を苦もなく制覇できますように」と、
自然と神様にすがりつくことになります。

そして山頂での祈りが終わって、
注目すべきは帰路です。
とても頭がスッキリして
その日を含めて、
次に何をすべきかどんどん頭に浮かんでくるのです。

とても多くの「やるべきこと」を教えてもらえるので、
忘れないようにスマホに録音しながら下山していきます。

まあ、その結果として色々と手を出してしまって、
オーバーフローな状態であるわけです。

しかし御言葉を聞き始めた当初の
「神様がくださる御言葉のスピードについていく必要がある」と思って始めたタイピングですが、今では相当速く打ち込むことができるようになりました。

ヨハネによる福音書の冒頭にも
『初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。』
とあります。

音楽、絵、映像など色々と表現手段はあると思いますが、
「御言葉自体が神様」なのですから、
まずは言葉による表現をしなくてはならないのだと考えております。

しかもタイピングの効果ですが、
ラプト氏の御言葉を入力し続けていると、
頭が高速に回転してくるのを感じます。
結果、理解力の向上、及び決定事項を含めて全ての行動が速くなります。

先日の御言葉では
「自分の限界を突破するまで努力した人だけが、霊肉ともに豊かに実を結ぶことができる」ということでした。

私のように何をやるべきか決まっていない人も
失敗を恐れて躊躇しているよりは
「できることをやりながら取捨選択」していくのも
主の御心を成すための
ひとつの方法なのではないかと考えています。

ということで
愛媛の教会にいるお三方は
当然のように毎日行っている山での祈り。
毎日実行することはとても大変なことだとは思いますが、
週一でもやってみると
とても効果的であることがわかりました。

山が近くにある人はおすすめします。

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