聖書のロジックを実生活に活かす

RAPT理論を学ぶ以前は「聖書は洗脳の道具」という認識でいました。
実際に聖書を読んでみると、
当初、旧約聖書は単なる歴史書で新約聖書は偽善的な臭いがしました。

私は本を読むのが好きなので、それほど苦痛ではなかったですが、
分厚いので読むのは大変でした。

私はRAPT理論を学んで4年くらいになりますが、
旧約聖書の通読は7回目、新約聖書は今度10回目になります。

おかげで最近は何となく「聖書のロジック」が見えてくるようになりました。
例えば旧約聖書の「出エジプト記」の後半や「レビ記」、「民数記」ですが、
ひたすら幕屋の張り方、儀式の作法、人物名、血筋、年号、
食べられる物と食べられない物、病気の種類と対処法などが、
事細かに書かれています。

これらのページは読み飛ばしたい衝動に駆られますが、
結構、重要であることに気付くのです。
目で追うのは“文字面”ではなくて、「聖書のロジック」です。

つまり「聖書=神様のロジック」を吸収しようとする姿勢が重要なのです。
幕屋のサイズなどの数値は細部の設計がキチンと成されてないと、
しっかりとした幕屋を作ることはできません。
また、食べられない物を食べれば腹を壊すことになるし、
最悪の場合は死にます。
また、病気も伝染病が蔓延すればその民族は滅びます。

名前は両親から与えられるものであって、
自分で考えられるものではありません。
さらに血筋を選ぶことは人間の力ではどうすることもできないのです。

人間の生き死に、様々な戦争や事件、事故の年号は、
決して人間が決められるものではありません。

すべてが数値で表され、
細部に至るまで構造化されていて一切の無駄と妥協がないのです。
あるのは綿密に織り込まれた“神様の法則”だけ。
言うなれば「神様の論理的思考」です。

だからこそ、神様に反逆するユダヤ人は
大きな事件や事故を自分の手で作り出し、
自分の名前をコロコロ変え、影武者を立てて生活するのです。

彼らのやっていること、そのすべてが「反キリスト」なのです。

聖書を読んで、神様のロジックを吸収することによって
自分が“やるべきこと”と“やってはいけないこと”の分別が
つくようになるのです。

“やってはいけないこと”をやり続ければ、そこに待っているのは「裁き」です。
結果、あなたの人生はボロボロになります。

だから、悪魔崇拝者の末路は悲惨で破滅しかないのです。
聖書は神様が私たちに与えてくださった「生き方の書」なのです。